私は、今でも母の終末医療があれで良かったのかと、
思うことがしばしばである。
あの時は、
良しと思って自分自身で割り切ったつもりだったが、
今も割り切れていない自分が悲しくなる。
平成八年、母が、体調不良で病院の検査を受けた時は
既に手遅れで、余命六ヶ月と診断された。
胆管・胃・膵臓に癌が見つかった。
三通りの手術案…
ケータイをツールとして今流行している、プロフやメル友。
顔も知らず、何か危険臭がプンプン臭ってきそうな感じがする。
似たようなことは昔だってあった。「ペンフレンド」という美しい名称で。
中学、高校生向けの雑誌などで「ペンフレンド募集」の頁があって、
プロフィールを掲示すると、それを見た異性から手紙が来る。
その中から幾人かを選…
大阪府の橋下徹知事が十四日、
公用車で府庁からフィットネスクラブに行ったことが問題になった。
公使混同はもっての他だ。
そんなこともあって
「公用車は廃止すべきだ。」
という意見も随所に根強くあるようだ。
先日、
熊谷市長が私の家の脇の道を徒歩で登庁するのに出会った。
話を聞いてみると
「今日は、ノーカーデーと…
七月二十日関東一の祇園「熊谷うちわ祭」が始まった。
日本一暑い熊谷が一層熱く燃える。
三日間で七十万人が訪れる。
私は、二十一日浦和で会合があり
熊谷駅に帰着したのは午後9時だった。
祭は既に終わっていたが、
街にはまだ露天商も見物客も大勢残っており、
祭の余韻さめやらぬ感があった。
弥生一丁目の辻にさし掛かった時、…
水上生活者と路上生活者は似ているようだが、
全く異なる生活者である。
若い頃聞き慣れた言葉に「浮浪者」や「乞食」がある。
身寄りが無く、家が無く、仕事も無い。
橋の下や寺社の縁の下などに住み、ゴミをあさったり、
家々を回って食物や金品を恵んでもらって生活していた。
それが
何時の頃からか「ルンペン」という言葉が使われる…
三月にヒメダカを道の駅で二十匹購入。
その後、シロメダカを五匹購入。
照明もヒーターも使わず自然の水温で飼育。
ほぼ順調に来た。
五月頃だったろうか、
樹脂製水草だけでは寂しいので、近所の川で水草を取ってきた。
何日か後に小さなタニシを発見。
水草についていたのだろう。ガラスを這うのが可愛い。
しかし、良く見ていると…
庭木を剪定する。
お茶を飲みながら、すっきり・さっぱりした庭を眺める。
これが最高に嬉しい。
そうしていると、ヒマラヤスギが何やら私を手招きしている。
話を聞いてみると「私も剪定してくれ」というのだ。
ヒマラヤスギは、庭の東西の真ん中にあって、
前を通る道から見ても可なりその美男子ぶりが目立つ。
頭がぼさぼさになっ…
定年後、庭木の手入れ、剪定などのアルバイトをしている友人などが、
脚立から落下する事故にあった、という話を聞くことがある。
私も今は一部の庭木の剪定で忙しい。
昨日はシラカシを剪定した。
昔は防風用生垣として家の周りにあったが、
今は家の前の古い掘り抜き井戸の側に一本だけ残っている。
樹齢推定百年、高さ四メートル、…
二個のお手玉で百五十回クリヤー。
十一日、妻の要望で「三井アウトレットパーク入間」へ行ってきた。
四月のオープン時、
大人気の店としての混雑ぶりがテレビでも放映された。
十万㎡弱の延床面積に、二〇四店が出店。
店舗が円状に並んでいるから歩いていれば元の位置へ戻れる。
商品は、国内外のファッション、スポーツや
アウト…
私の家の近くにスーパーがある。
こんな田舎にスーパーがあること自体が不思議だが、
なんと、二十四時間営業である。
いくら、国道の端とはいえ、夜になると客はほとんどいない。
たまに、灯火に惹かれて蛾やツマグロヨコバイが飛んでくるが、
人間は珍しい。
国道の反対側にはコンビニエンス・ストアもある。
セブン・イレブ…
七月六日、七日と
群馬県みなかみ町の「湯の小屋温泉」などへ行ってきた。
昭和三十五年に入社した同期生十七人
(男性十人・女性七人)による一泊旅行で、今年で二十二回目。
こういうグループでの旅行がこれだけ長く続いているのは、
全匡的にも珍しいのではないだろうか。
行く途中、匡の天然記念物「吹割の滝」に寄った。
東洋の…
きりぎしに挑める波の砕け散り砕け散りつつ億年の時
金子貞雄 毎日新聞「毎日歌壇」
常磐高速道が出来て北茨城方面への旅行が非常に多くなった。
二十日に熊谷文連の旅行で行ってきた。
過去にも何回か訪れており、しかも…
右手の人指し指に傷の跡がある。
鎌を研ぐ時に誤って作った傷である。左手の指にもある。
自分の指を刈ってしまったということである。
中学生の頃までは、山羊や兎の餌として道の草を草刈り鎌で刈った。
今、盛んに麦刈りが行われているが、当時は、麦刈り鎌で刈った。
麦刈り鎌は草刈り鎌と同じだが、稲刈り鎌とは全く違うのでこう呼んだ。…
今朝は、七時になっても妻が起きてこない。
そこで朝食の準備を整えて妻に「お母さん、ご飯ですよ!」と告げた。
初めてのことだったが、とっても気持ちがいいもんだ。
妻は「うふふ!」と照れ笑いしながら起きてきた。
大病後の私は比較的規則的な生活をしている。
0時就寝・六時起床・七時朝食・十二時昼食・十九時夕食。
お陰様で快眠・…
結婚してから、たった一度だけ妻に嘘をついた。
しかも、たった一度嘘をついたために、
七年間嘘の上塗りをし続けるはめになってしまった。
五月三十一日は世界禁煙デー。
当時、私は毎日三十本前後喫煙していた。
何回も禁煙宣言をしたのだが、三日ともたずに撤回。しかし、
「胃癌が発見されては、もう覚悟しなければ」
と思い…
日本には、かつてバブル景気という不幸な時代があった。
好景気による極端な人手不足、残業・休出、地方や女子労働力がかり出され、
収入は鰻登りに増加し家庭は裕福になった。
高学歴化や女性の社会進出が助長された。
やがてバブルが崩壊。製造業を先頭にして、
海外調達・海外移転などが行われ、若者の職場が無くなり、
かつ、パート・人…
最近一年間で、八人の友人等を癌で失った。
癌は「早期に発見されれば命は救われる」と確信している。
とは言え「転移・再発すれば三年以内の命」
という多くの実例も目の当たりにしている。
昨年、乳癌の手術を受けたタレントの山田邦子(四十七歳)が、
「がんの撲滅を目指して歌う!スター混声合唱団」を結成、
五月一日に
東京・目…
中国に「一人っ子政策」という国策がある。
「一組の夫婦には子供は一人」という政策である。
総人口の九十二%を占める漢民族などが対象で、
少数民族には適用されないなどの例外はある。
一九七九年実施というから、三十年近く以前からのこと。
目的は、急激な人口増加による諸種の弊害を緩和するため。
中国には古くから「多子多福」…
私の名前は「貞雄」、妻の名前は「敏子」、
私達の時代の命名としては、極めて標準的な名前である。
子供達の名前は、共に、
出産した病院長の奥さんが候補として上げてくださった中から選んで付けた。
一月八日、娘夫婦に女児が誕生した。
名前は「碧海」書いて「あおい」と読むのだという。
娘の旦那の名前は「俊明」。
一方、娘の名…
渡辺淳一著『熟年革命』も買ってしまった。
「熟年」「革命」という言葉や
「もっと輝く自分のために年甲斐のない不良(ワル)になろう!」
という帯文に吊られてしまったのだ。
それらは、「規格外」の行動には強い制動の掛かった生活を
している私の対局にある言葉だからである。
提案の一つは「プラチナ世代」という呼称。
「老人」…

